カメラ日和 vol 28
2009.11.20 Friday
かわいらしく余白が心地いいカメラの雑誌 専門知識もすんなりはいってくる。

後ろの方の写真レターのところにコメントだけですが出させて頂きました。
[本をみて思い出した事]
12年くらい前 カメラを首から下げていれば
安心して外を歩く事ができた。
別に撮る訳ではないのにもっているだけで
おしゃれでいたかった自分を満足させた。
強い自意識による「カメラなんてやっていて 大西は
すこしアーティスティック」な雰囲気が欲しくて
下げていたのでしょうね。
若さは自分の事を かえり見なくてもいい というか
間違った自己認識が許されているので
存分に浸り切る事ができた。
あの頃は大変だった。すこし変わった存在でいたかった。
だから、古いバイクにも乗っていたし盆栽もやったし、絵も描いた。
トマトジュースを毎日飲んでゴミ箱をただ1種類の空き缶だけで
いっぱいにするというのもシュールな自己表現として捉えていた。
これはウォホールのキャンベル缶の逸話をカゴメトマトジュースで
トレースしてしまったのだと思う。愉快である。
誰の目にも触れさせる事なく葬り去りたい恥ずかしい過去であると同時に
抱きしめたい程愛おしい今はもう会う事が出来なくなった自分です。
その時、使っていたカメラ CANON DIAL 35が掲載されていて
身震いとともに思い出してしまったのです。
そういう意味で心の荷物がとても多かったし、鎧を着て歩いているような毎日だった。
あの頃に比べたら今はけっこう薄着でいられる。
ほんと良かった。 「それいらねーだろ」と気付かせてくれた友達のおかげだ。
カメラ日和 ぜひとも お手に取ってご覧下さいませ。
よろしくおねがいします。











